仮設住宅はいま〜生活保護相談から

1996,12,20

 仮設住宅に住む人々の現在の生活状況について、私たち兵庫県被災者連絡会が日常的に取り組んでいる活動の一つである、「生活保護相談」を通して報告します。

 96年7月下旬より、神戸市内全域及び西宮市などの一部地域に、生活保護相談の呼びかけビラを配布しました。そしてこれまで200世帯を越える相談を受け、必要に応じて当事者と一緒に福祉事務所ヘ行って生活保護の申請をする作業を続けています.申請件数だけでも12月18日現在で50件にも及び、生活保護が開始された世帯は40件、残りの世帯も順次開始されていく見込みです。さらにこれから申請しようとしている世帯も多くあります。

 このように多くの世帯が、最後の手段とも言える生活保護にすがりつく羽目になっています。しかし私たちの連絡会で受ける生活困窮者からの相談は、この度の地震による被災者で生活に困っている世帯全体からいけば、ほんの一部に過ぎないのでしょう。

 最近受けた相談の一例を挙げます。神戸市の郊外にある仮投住宅で母(60歳)、娘(39歳)、息子(37歳)の親子3人で暮らす家族は、3人共日常生活にば差し障りはないものの、軽度の障害があります。この家族は地震まで長田区で暮らしていました。母は月に6万円の障害者年金を受給し、娘と息子は地場産業であるケミカル工場で簡単な作業をして、わずかばかりの収入を得、なんとか3人で生計をたてていました。そこへあの大地震により、家も仕事もなくし、今の仮設住宅へ移ってきたのです。もと住んでいたところでは近所付き合いによる雇用関係があったのですが、今いるところではそういつたものは当然ないうえ、長田区でも今は働き口はありません。そのことから姉弟が収入を得ることができず、生活が困窮したため、生活保護の申請をすることになりました。

 生活保護の相談を受ける世帯の多くは、元々の地域の中ではそれなりに生活が成り立っていたとか、建築現場などで日雇いの仕事をして暮らしていたとかいう人たちです。その人たちの存在もあってこそ、今の社会が成り立っているのは当然のことなのですが、地震後、そういった人たちのところへしわ寄せがより多く来ているのが現実です。一般的にはこういった人たちの存在はあまり見えてこないのです。

 これら以外にも様々な形で生活を維持するのが、どうしようもなく困難になってしまった例はいくつもあります。それほど、昨年の大地震からこれまでの間、立ち直るどころかますます深刻化している現実があるのです。

 誤解のないようにいえば、私たちは「生活がどうしようもなくなった人は、生活保護を受ければよい」などとば考えてはいません。私たちは生活保護の請負屋ではありませんし、生活保護受給者がこれ以上増え続けてよいはずもないのです。私たちが求めているものは、被災者の生活再建を可能にする援助の施策です。本来であれば、95年8月の災害救助法が適用されている間までに、きちんとしたものが行われるべきだったのです。そういったものが全くないに等しい中で、生活保護制度が、多くの生活困窮者の今の状態から立ち直るきっかけとか、元の状態に少しでも戻るきっかけとなるように運用をされているのであれば、一つの支援策として活用しようではないかということなのです。いろいろなところからあがっている、再起のきっかけとなるものの必要性。それが大地震から700日が過ぎ、丸2年経とうとしている今、生活保護の相談を通してより鮮明に見えてきています。この問題を抜きにして被災地に関わることはできないのではないでしょうか。

兵庫県被災者連絡会 中田益宏

2005,7, 3
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