1999年1月29日執筆

 この1月17日で阪神大震災から丸4年を迎えた。同時に、私の被災者支援活動も4年を迎えたことにもなる。この間、試行錯誤を繰り返しながら、支援活動に取り組んできた。これまでの被災地の問題を自分なりにまとめてみたいと思う。

人災としての仮設住宅政策

 95年1月17日、震度7を超える地震で、約31万人という空前の避難者が学校、公園などの避難所にあふれた。避難所からの移転先として、仮設住宅が必要になってくる。仮設住宅の建設計画が復興政策の第一歩であるが、その政策に大きな問題があったため、被災者にさらなる災害を引き起こした。

 仮設住宅は、都心より用地を確保しやすい郊外や埋め立て地に次々と建てられた。神戸市の場合、仮設住宅の半数は郊外の北区・西区に建てられた。さらに旧市街地といわれる東灘区から垂水区に残りの半分が建てられたが、さらにその半分が2カ所の人工島「六甲アイランド」「ポートアイアンド」に建てられたた。

 震災前から住んでいた場所の仮設住宅に移れた人は2割程度しかいない。多くの被災者は住み慣れた町を追われ、深い孤立感を味わされ、再起へのきっかけや意欲をそがれていった。また、避難所をでて仮設住宅に移転できない人々が大量に存在した。

一方的な避難所閉鎖

 地震から半年後の7月後半、神戸市は「8月20日で『災害救助法』の適用をうち切り、避難所を閉鎖する」と発表した。だが、その時点で、学校や公園などの避難所には1万人以上の避難者が生活していたのだ。「8月20日までに仮設住宅に移転するか、市が新たに用意した『待機所』に移って欲しい」との説明であった。被災者の生活を考慮していない一方的な命令だった。先進国と呼ばれている日本で、このような人権侵害が許されてよいのかと思った。

 私はこの状況を多くの人々に伝えなければと考えた。マスコミが騒げば全国の人が立ち上がるのではないだろうか、海外にまで伝われば人権問題として大きく取り上げられ、国際機関が日本に勧告を行うのではないか、そして、被災地の問題が解決していくのではないかと期待を膨らませた。

 そこで、ビデオカメラで神戸市の状況をとり続け、ビデオ作品『たすけて〜 震災7ヶ月目の神戸から』として発表した(もし、まだ見ていない人がいましたら、千円で販売していますので、ぜひ見てください)。しかし、後にその期待は完全に間違いであったことを思い知らされる。

国際調査団の訪問。期待と絶望

 世界各国のNGOでつくる「ハビタット国際連合」の調査団が、1995年9月23日から10月4日にかけて、神戸市内を中心に旧避難所やテント村、仮設住宅に住む被災者の生活実態について聞き取り調査をした。遠方の仮設住宅に押し込められた被災者の状況を見て「軍隊が出動して強制退去させなければ、このような状態にはならない。おとなしく従ったことが信じられない」と驚いていた。その調査にもとづいて、「被災者の生活環境と、日本政府が守らなければならない居住の権利の基準との間には、大きな隔たりがある」という認識を示した。彼らは、神戸市、兵庫県、日本政府に対して、今のひどい状態を改めるように14項目の勧告を行った。

 だからといって、被災者の生活状況が改善することはなかった。冷静に考えてみれば、神戸市、兵庫県、日本政府のいずれも国際NGOの意見をきく義務はない。日本政府は日本国民に責任を負っているのであり、兵庫県、神戸市はそれぞれの地域の住民に対して責任を負っているのである。つまり、他の誰かが支援をしても、当事者が自分自身の声を上げなければ、何も解決しないのだ。

 たとえば、10年前に地震に襲われたメキシコでは、被災者は「テコでもここを動くものか」という決意を示した。それが町の再開発と住民が地域に住み続ける可能性を結びつけた。だが、ここ日本の場合、被災者は行政の決定に従順に従っていった。

 「ここへ移ったために、仕事を辞めることになってしまった」「通院できなくなった」「世話をしてくれる人がいなくなった」などの声を仮設住宅でよく聞く。そうならば、避難所から動かなければ良かったのだ。神戸市は、警察を使って追い出したりしていない。それどころか、法的拘束力を持つ退去命令は1件しか提出されていない(それについては、特殊な事情があるので例外としたい)。強制退去のためには「明け渡し請求」等いくつかの法的な手続きと公正な場での審査が必要になってくる。神戸市としてはよほどのことがない限り、そのような手段には踏み出せないのだ。

 ただし、理屈ではそうであっても、現実に避難所に居続けることは困難であった。実際、避難所になっている施設の管理者や近所の人々から嫌がらせをうけたという事例もある。一般の市民は、避難所に居続けることを「自分勝手なエゴ」ときめつけていた。神戸市のような「お上」が言うことは公共性があって、住民が自分の権利を主張することを「勝手なエゴ」と思っているのだろう。しかし、この場合には、被災者の主張は公共性にかなった「正当な権利」であり、神戸市の政策の方が、行政の都合による「勝手なエゴ」ではないだろうか。

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2005,7, 3
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