1999年9月20日執筆

 8月17日にトルコ西部を震源として大地震が発生した。多くの建物が倒壊し、数万人の死傷者がでた。近代トルコ史上、最悪の地震被害になった第一の原因は、建造物の脆弱さだといわれている。事情は日本も同じだ。住宅政策の遅れが阪神大震災の被害を拡大させ、今日まで、その反省が行われていない。

犠牲者の7割以上が即死

 兵庫県監察医務室の調べによると、阪神大震災による神戸市内の犠牲者3,857人(99年1月18日時点)のうち、震災発生14分後の午前6時までに71.1%の2,596人が死亡している。死因の約8割が圧死と窒息死で、ほぼ即死状態だったとみられている(表1参照)。また、兵庫県警は別に県全体のデータとして「圧死88%、焼死10%」と発表している。救出が早ければ命が助かったと思える人は極めて少数だったということだ。つまり、住居がしっかりしていなければ、生命が助からなかったということになる。

耐震基準通りの住宅なら犠牲者は激減

 耐震基準は建築基準法によって定められている。同法は1950年に作られ、59年、71年、81年に施行令が計3回改正され、徐々に家屋の耐震基準は強められた。81年の改正以前は、阪神大震災クラスの地震で人間が助かるような強度は求められていなかった。しかし、現行の「新耐震基準」を満たしている建物ならば、震度5でも損傷がなく、6や7でも人が圧死するような倒れ方はしないといわれる。

 阪神大震災で、被災地の住宅がすべて81年に改正された「新耐震基準」に適合していたと仮定すると、死者数は200〜500人程度だったとする試算を、医師グループ「神戸生命倫理研究会」が明らかにしている。「新耐震基準」の適合率を6割程度に改善しただけでも、死者は半分以下の約2,400人になるという。古い家屋の補修が遅れていた地域で死亡率が高くなった実態と、ほぼ一致している。

 同研究会は「市街地の住宅事情が貧弱だったうえ、古い住宅の補強を支援するといった行政の施策も遅れていた。そうしたことが、直下型地震で多くの人命が奪われる原因ということが裏付けられた」としている。

低く見積もられた被害想定

 東京都は91年に関東大震災規模の地震の再来を考えた被害想定を発表している。死者9,363人で、そのうち焼死が約8,963人と圧倒的で、建物倒壊による死者は97人にすぎない。これは関東大震災では約9割が焼死だったことを考慮しての想定である。

 阪神大震災をうけて、97年8月に東京都の被害想定が改訂された。建物倒壊などによる死亡者の数は増えたが、約2千人にとどめられている。また、死者の総数は7,159人と算定され、以前の想定よりも減っている。被害規模が91年の想定を下回ったことについて、都災害対策部は「想定した地震のタイプが違うほか、耐火や耐震などの防災対策が進んでいる」としている。

 本当に「耐火や耐震などの防災対策」が進んで、91年から97年までの6年間で、2千人も被害想定が低くなるほど状況が改善しているのであればなにも問題はない。しかし、そのような具体的事実は存在しない。

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